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飛行機でインターネットはどうつながるのか ── 機内Wi-Fi・衛星通信・CabinTimeの設計思想
飛行機の中でインターネットにつながることは、今では珍しい体験ではなくなりつつあります。メッセージを送る。メールを見る。クラウド資料を開く。動画を視聴する。地上では当たり前の行動が、機内でも少しずつ可能になっています。
一方で、すべての飛行機が常時インターネットにつながっているわけではありません。機材によってはWi-Fiがない。Wi-Fiはあっても不安定。メールは見られるが動画は重い。国内線では使えても国際線や海上では弱い。あるいは、そもそも短距離路線では導入されていない。
理由は単純です。飛行機にインターネット機能を載せるのは、非常に大変だからです。
機内インターネットの選択肢は、この10年で大きく進化しました。Air-to-Ground方式、Ku/Kaバンド衛星通信に加えて、2026年現在はStarlinkのような低軌道衛星、SESのmulti-orbit構成、ViasatやIntelsat系の高容量衛星ネットワークなどが使われるようになっています。
それでも本質は変わりません。
機内インターネットは、地上のWi-Fiルーターを置くような話ではありません。航空機の構造、電源、配線、アンテナ、電波、認証、運航、整備計画まで関わる、航空機システムの改修です。
「機内Wi-Fi」と「インターネット接続」は同じではない
まず分けて考えるべきなのは、機内Wi-Fiと外部インターネット接続です。
乗客のスマートフォンやPCが接続するのは、機内に設置されたWi-Fiアクセスポイントです。これは、機内のローカルネットワークに接続している状態です。
しかし、そのWi-Fiが外部のインターネットにつながっているかどうかは別問題です。
機内Wi-Fiには大きく二つの使い方があります。
- 機内のローカルコンテンツを見るためのWi-Fi
- 衛星や地上基地局を経由して外部インターネットへ出るWi-Fi
前者であれば、機内サーバーやローカル端末に保存された動画、機内誌、マップ、案内、予約情報などを表示できます。外部インターネットに出る必要はありません。
後者の場合、機体の外に向けて通信する仕組みが必要になります。ここで初めて、地上基地局や衛星通信が登場します。
この違いは、CabinTimeの設計でも重要です。CabinTimeが目指しているのは、単に「インターネットを提供すること」ではありません。通信が弱い移動空間でも、移動中の情報を整理し、人が次を判断できる状態をつくることです。
飛行機がインターネットにつながる主な方式
飛行機のインターネット接続には、主に三つの考え方があります。
1. Air-to-Ground方式
Air-to-Ground、略してATGは、航空機と地上基地局をつなぐ方式です。
機体の下部などにアンテナを設置し、飛行ルート上の地上基地局と通信します。地上に基地局網がある地域では比較的シンプルに使えますが、海上、山間部、国境を越えるルートでは制約があります。
Gogoは現在もATGを提供しており、2025年末には北米向けの次世代5G Air-to-Groundネットワークの開始を発表しています。ATGは小型機やビジネス航空などでは合理的な選択肢になり得ますが、広域・海上・国際線まで一気にカバーするには限界があります。
2. GEO/MEO衛星通信
より広い範囲をカバーするために使われてきたのが、衛星通信です。
航空機の上部にアンテナを設置し、衛星を経由して地上局へ通信します。Panasonic Avionicsは、乗客の端末が機内Wi-Fiにつながり、その機内ルーターが衛星インターネット端末につながり、衛星と地上局を経由してインターネットへ出る構造を説明しています。
従来型の衛星通信では、KuバンドやKaバンドが使われてきました。Viasatは商用航空向けのIn-Flight Connectivityで、高容量ネットワーク、航空環境への適合、linefit/retrofitへの対応を打ち出しています。
衛星通信の利点は、海上や遠隔地でも使いやすいことです。一方で、衛星までの距離、回線容量、乗客数、飛行ルート、天候、アンテナ性能によって体験は大きく変わります。飛行機1機だけの問題ではなく、その空域にどれだけの容量が用意されているかも影響します。
3. LEO・multi-orbit・電子走査アンテナ
2020年代後半に入って注目されているのが、Starlinkのような低軌道衛星(LEO)や、GEO/LEOを組み合わせるmulti-orbit構成です。
StarlinkはAviation向けサービスを提供しており、航空機に低軌道衛星ネットワークを使った接続を載せる選択肢が広がっています。低軌道衛星は地球に近い軌道を使うため、従来の静止衛星だけに依存する構成と比べて、低遅延・高容量の体験を設計しやすいことが特徴です。
日本でも動きがあります。SESは2026年4月14日、Japan Airlinesが長距離国際線機材向けにmulti-orbit inflight connectivityを採用すると発表しました。対象はAirbus A350-900、Boeing 787-9などで、linefitとretrofitの両方が含まれ、納入開始は2028年予定です。SESの説明では、低背の電子走査アンテナ(ESA)がGEOとLEOパートナー衛星を活用し、広いカバレッジと低遅延を目指します。
つまり、機内インターネットは確実に進化しています。けれど、それは「すぐにすべての飛行機が地上と同じネット環境になる」という意味ではありません。
なぜ機内インターネットの導入は難しいのか
飛行機にインターネット機能を入れるには、少なくとも次の要素が必要です。
- 外部と通信するアンテナ
- アンテナを覆うレドームや機体側の構造対応
- 衛星モデム、ルーター、電源装置
- 客室内のWi-Fiアクセスポイント
- 機内サーバー、認証ポータル、課金やログの仕組み
- 座席エリア全体に電波を届ける設計
- 機体システムへの干渉確認
- 整備、保守、運航中の監視体制
- 航空当局や機材ごとの認証、STC、linefit/retrofit対応
Elliott AviationのStarlink設置解説では、航空機へのStarlink導入に、Aero Terminal、電源装置、Wi-Fiアクセスポイント、配線、試験、機体適合の評価が必要だと説明されています。ビジネス航空では10〜14日程度の設置例も示されていますが、商用航空の大規模なfleet展開では、機材数、整備スロット、認証、ベンダー契約、路線計画が絡みます。
さらに、航空機は地上の店舗やホテルとは違います。機体は飛び続けなければ収益を生みません。 retrofitのために機材を止める時間は、そのまま運航計画に影響します。
新造機に最初から組み込むlinefitであれば効率的ですが、既存機材に後から取り付けるretrofitは負担が大きくなります。航空会社が「やりたい」と思っても、すぐに全機へ載せられるものではありません。
それでも、すべての飛行機が常時接続になるとは限らない
Starlinkやmulti-orbitの登場によって、機内インターネットの体験は大きく改善しています。Viasat、Intelsat、SES、Starlinkなどの事業者が航空向け接続を強化しており、世界の主要航空会社は接続性を競争軸にし始めています。
ただし、すべての機材が同じ速度で変わるわけではありません。
理由はいくつかあります。
- 短距離路線では投資回収が難しい
- 古い機材は改修期間と残存年数のバランスが合わない
- 小型機・地域路線ではスペース、重量、電源に制約がある
- 国内線、離島路線、チャーター、観光フライトでは要件が異なる
- 通信サービスの提供には航空会社側の運用・サポート体制も必要になる
- 天候、航路、空域、衛星容量によって品質が変動する
つまり、航空業界全体としては接続化が進む一方で、「つながらない飛行機」「つながるが十分ではない飛行機」「機内ポータルはあるが外部インターネットは弱い飛行機」は残り続けます。
この現実が、CabinTimeの出発点です。
CabinTimeは、インターネットそのものではなく「判断できる状態」をつくる
CabinTimeは、MarsLinkが開発中の移動空間AIアシスタントです。
重要なのは、CabinTimeが航空機に衛星インターネットを提供するサービスではないという点です。CabinTimeは、通信が弱い機内・船内・車内・滞在空間でも、利用者が次の行動を判断できる状態をつくるためのAIパッケージです。
たとえば、インターネット接続がない航空機でも、次のような構成は考えられます。
- 出発前に、到着地の天気、交通、混雑、店舗、ホテル、イベント、注意情報を同期する
- 機内では、ローカルWi-Fiや機内ポータルでCabinTimeにアクセスする
- 利用者の目的、同行者、避けたい体験、到着時刻に応じて候補を整理する
- AIが「薦める理由」と「避ける理由」を表示する
- 着陸後や再接続後に、最新情報へ更新する
この構成では、外部インターネットが常時必要とは限りません。機内ではローカルに持った情報を使い、通信できる時だけ更新する。これが、移動空間における現実的なAI設計です。
CabinTimeが扱う情報
- 到着地の天気、雨雲、気温、風
- 鉄道、バス、タクシー、徒歩動線
- 空港・駅・港から目的地までの移動時間
- 店舗の評価、口コミ、営業時間、価格帯、雰囲気
- 接待、家族旅行、観光、出張などの目的
- 騒音、長い徒歩、混雑、悪天候など避けたい体験
- 航空会社や交通事業者が案内したい公式情報
たとえば伊丹から羽田へ向かう便で、到着後に商談の二次会候補を探すとします。単に評価の高い店を並べるだけでは不十分です。接待であれば、騒がしい口コミが多い店は避けるべきかもしれません。雨が強ければ、徒歩距離の長い店は下げるべきです。駅直結のホテルバーは料金が高くても、文脈によっては合理的な選択になります。
このような判断は、インターネット接続の有無だけでは解決しません。必要なのは、情報を横断し、利用者の文脈で並べ替え、理由つきで提示する層です。
「つながる機体」と「つながらない機体」の両方に対応する
今後、Starlinkやmulti-orbit衛星通信により、接続できる航空機は増えていきます。CabinTimeは、その流れと対立するものではありません。
むしろ、接続できる機体では、より強く機能します。
通信がある場合は、到着地の天気、交通、店舗、混雑、口コミ、運行情報をリアルタイムに近い形で更新できます。クラウド上のJourney AIと連携し、より広い情報から候補を整理できます。
一方、通信がない場合でも、事前同期した情報、機内のローカルサーバー、軽量なエッジAI、機内ポータルを組み合わせることで、最低限の判断支援を続けられます。
CabinTimeが想定するのは、次のようなハイブリッド構成です。
- 接続できる時:クラウドと同期し、最新の情報を取り込む
- 通信が弱い時:ローカルに保持した情報で判断支援を続ける
- 再接続した時:差分を更新し、利用者の反応を次に戻す
これは飛行機だけでなく、フェリー、観光列車、長距離バス、ホテル、離島、山間部の観光施設にも応用できます。
機内の「暇つぶし」から、到着後の行動を整える時間へ
機内サービスは長く、映画、音楽、機内誌、ショッピング、地図のようなコンテンツを中心に進化してきました。それらは今後も重要です。
ただ、移動中の時間には、もう一つの価値があります。
それは、到着後の行動を整える時間です。
人は移動中に、次の判断をしています。
- 到着後、電車とタクシーのどちらを選ぶか
- 雨が強ければ、徒歩の長い予定を変えるか
- ホテルへ先に行くか、食事へ向かうか
- 接待で、どの店なら失敗しにくいか
- 混雑を避けて、どのルートを選ぶか
- 遅延した時、どの予定を削るか
これらは、単なる観光案内ではありません。移動中に発生する意思決定です。
飛行機がインターネットにつながるかどうかは重要です。しかし、それ以上に重要なのは、つながった情報をどう整理し、人が判断できる形にするかです。
CabinTimeは、インターネット未搭載の機材に対してはローカルポータルとして、接続済みの機材に対してはJourney AIと連携するAI体験として、移動中の時間を「判断できる時間」に変えることを目指しています。
現在は正式ローンチ前の開発・共同検証フェーズです。MarsLinkは、航空会社、船舶会社、交通事業者、ホテル、地域とともに、通信制約のある現場で実際に使える移動空間AIの形を検証していきます。